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第一級陸上無線技術士合格記 |
再び1技へ | 平成17年7月の試験で2技に合格し、その後工事担任者DD第1種の科目合格を得たことから調子に乗り、半年後に再び1技の受験に戻りました。 2技の受験の際に最後まで基礎が残り、必死になって勉強しましたのでその余力で基礎は乗り切れると考えていました。 |
久々の1技受験 | 受験申請をして1月の試験、受験票を見ると会場は渋谷とのこと、晴海や有明はあったのですが今まで行ったことがない場所でした。 4年ぶりですので全科目の受験、法規以外は各2時間半の対戦です。 いつもながら法規はすらすら、しかし「登録無線局」という初めての言葉に驚きながら暫く考えて回答。 続いて基礎、2技の余力があるかと思いきや、基礎とはいえやはり1技はレベルが違いました。 計算続きでフラフラになりながら第1日目が終了しました。 第2日目、無線工学AとBは自信を持って回答ができる問題が少数、もう結果が見えていました。 |
結果 | 試験の一週間後に試験機関のホームページに回答が開示されますので持ち帰った問題で自己採点。 法規は20問で100点満点、他は25問125点満点で60%が合格点で法規は合格点であるものの、他は悲惨なもの、無線工学Bはもう一息という点数でした。 |
継続 | その半年後の試験からインターネット申請が始まりました。 試験機関のホームページから申請を済ませて数日後、出張の予定が入り見事に受験と重なりました。 今までなら受験料が帰ってこないところですが、試験機関に電話してみると、インターネット申請をした際に知らされた受付番号を聞かれ、「申請取り下げ」ができ、受験料は郵便為替で手数料と送料を差し引いた額を返却することができるとのこと、1万円を超える受験料ですのでホッとしました。 そのまた半年後、怯むことなく受験、今度は通い慣れてしまった晴海会場、今回は基礎を重点に勉強しました。 2日目に無線工学AとB、問題には航空管制のILSの問題、いつもローカライザーとグライドバスがどっちがどうだったか迷いますが何とか回答、そして相変わらずテレビの問題が出ていましたがそんな中、地上デジタル放送の伝送効率の問題がでました。いよいよ地デジの問題が出るようになりました。 当然既出問題はありませんのでじっくり考えて回答、工学Aが終わる頃にはフラフラになりました。 以前は晴海試験会場の周辺は昼食を摂る場所がなく、コンビニで弁当を買う程度しかありませんでしたが、最近はトリトンスクエアができ、中に飲食店街ができましたので便利になりました。 |
結果 | 翌週にインターネットで問題と解答が公開されましたので持ち帰った問題で自己採点をしてみました。 先ずは基礎、最初は正解が続いたものの後半は×ばかり、悩んだ末に訂正した回答も間違いに転じていました。 工学Aは最初から×が続き悲惨な状態、工学Bは普段のアマチュア無線のおかげか正解が多いものの合格点には少し届かない点数となりました。 マークシートは何度も見直しましたので付け間違いはないと確信していますので結果はこのとおりのようです。 仕切なおして次回7月に備えます。 平成19年7月24日 無線工学の基礎を受験してきました。 今年は仕事が多忙を理由に全く勉強ができおらず、とりあえず受けてきました。 普段なら翌日に無線工学A,Bを続けて受験するのですが、今回は仕事と重なり基礎のみの受験となりました。 8月1日、協会のサイトで回答が開示されましたので自己採点を行いました。 今回も×が続き時折○、結果47点と惨敗でしたが、基礎の点数としては過去最高でした。勉強をしない方が高得点とは。 そしてまたブランクが始まります。 |
リベンジ | 平成24年1月 他の資格取得に追われ、平成19年から受けていませんでしたが、私より年輩の職場の人から、1技を受けないかと誘われ、久しぶりにやりなおしました。 2技の取得から年月が経ちましたので、業務経歴による基礎と法規は免除を見込んで、無線工学AとBを受けました。 予め職場で経歴証明をもらって申請すれば、基礎と法規は最初から免除で受験票が届くのですが、いつまで経ったも合格できないと、職場からプレッシャーがかかりそうですので、最後に「全科目免除」を企みました。 会場は東京・有明、とりあえず無線工学Aのみに集中して受験しましたが、結果は両方共不合格。 しかし、自己採点してみましたら55点取れていました、これは過去最高点です。 一緒に受験した方は見事合格でした。 平成24年7月 半年前のリベンジと思い、無線工学Aに集中し、単身、再び有明の会場へ。 会場で丁度いい席がポツンと空いていましたので座ると、冷房の吹き出し口の真下、どうりで空いていた訳です。 冷房の効きすぎに震えながら午前、午後の試験を終えました。 自己採点してみると、無線工学Aは70点、無線工学Bは85点と出ました。 合格点は75点、集中した無線工学Aは合格点に5点(1問)足りず、ほとんどやっていなかったBの方が高得点とはどういうことかと思いつつ結果を待ちましたら、自己採点どおりの無線工学Bの科目合格をもらいました。 1技で法規以外で科目合格したのは初めてのこと、次回は本当に無線工学Aのみの一科目集中となりました。 |
リベンジ2 | 平成25年1月 今までより力を入れて1科目集中でリベンジしました。 11月に受験申請を行った後、12月に職場の研修、そして年末年始を挟みましたので1月に入ってから本格的に気合いを入れました。 会場は久しぶりの東京・晴海のセンターでしたので迷うことなく行きました。 既出問題は楽々と思いきや、出した答えが回答群と合いません。 微妙に変更された問題に見事に引っかかったようです。 一週間が経ち、協会のサイトで問題と解答が公開されましたので自己採点すると、引っかかった問題は見事に×なものの、どうにか合格点を超えている様子。これは楽しみです。 |
結果 | 平成25年2月14日 結果通知が届きました。 結果は無線工学Aの科目合格。 7月の無線工学Bの科目合格と併せて条件が揃いました。 2技での業務経歴が3年を超えていますので、職場の責任者に経歴証明書への印をもらい、、日本無線協会に「全科目免除」の申請を行いました。 この全科目免除の申請は、科目合格の期限内であれば、時期を問いません。 折角ですので年度末に申請書を出して年度初めの若い番号の免許証をもらうのもいいのですが、信条としてははやく欲しいものです。 こういう時は不思議と忙しくなるもの。 職場の研修に入り、なかなか自由がきかなくなりましたので、事前に申請書類、返信用封筒等を準備して研修に入りました。 1週間ほど経って、「合格証明書」が届きましたので、研修所内から免許申請書を送付し、研修終了後に自宅に免許証が届きました。 研修中に転勤の内示をもらいましたので、転勤前に届いてよかったです。 免許番号を見ると、年度の記号がBK。 昭和の時代に取得した第二級アマチュア無線技士の免許番号がAKですので、26年が経過していました。 最初に受け始めて十数年が経過しましたが、40歳代最後の年にようやく一技になれました。 いきなり一技に挑む方も多いのですが、社会人になるとなかなか勉強に集中することができません。 先ずは2技に挑んで、何か業務用無線局に従事して経歴免除を利用すると楽です。 |
補足 | 第一級陸上無線技術士若しくは第一級総合無線通信士の資格を取得し、無線従事者としての業務経験が3年以上が付くと、中学校2種、高等学校1種の教育職員免状を申請することができます。 県によって業務経験のカウントのが下位資格からの経験も含むところもあり、違うようですので確認する必要があります。 実務経験がない場合でも、臨時免状を申請することができます。(臨時免状は3年の期限付きでその県内でのみ有効) |